外科の外は
内科医の基本は診断学である。病気の治療方針は診断によって決まる。一方、外科は治療学である。メスを持って病巣を取り出すことが外科の基本である。いったんは術前より状態を悪くし、術後一定の時間を持って回復させる。心臓手術に至っては、いったん「死の世界」へ追いやるのである。回復して当たり前のプレッシャーの中で戦っているのである。
学生の頃、有名な内科教授は「外科の外は外道の外である」と言って学生のヒンシュクをかった。このためにずいぶんと入局希望者が減ったと思う。
医者になりたての頃、先輩医師が「内科と外科の一番の違いはなんだと思う」と聞いてきた。一年生の僕は答えられなかった。
「内科とはWaiting medicineだということを忘れないようにしなさい」
彼は「立ち止まって考えなさい」、「考えることを辞めたら内科医ではない」、「ゲダンケンガング(ドイツ語で考える道の意)を大事にしなさい」などなど・・・。

内科医になって25年、ずっとこの教えを忘れずに臨床をやってきたつもりである。それにしても昨今は「考えない内科医」のなんと多いことか。検査診断学を含めた診断学をきちんと習得しないまま、治療学を持ってしまった内科医。
本来、内科医にとっての治療学は薬そのものであった。しかし、薬理学もそこそこにカテーテルを用いた治療学を観てしまったために、それを会得することが内科医と勘違いするのである。胸痛を訴える患者からろくに話を聞かず、狭心症の疑いのもと冠動脈造影され「なにも異常ありません、良かったですね」と言われてきた患者がいる。彼にとっては何も解決していない。その医者は造影検査で狭窄を見つけることが診断学だと勘違いしている。狭窄があればカテーテル治療してあげるが、狭窄がないと治療しない(できない?)から「なにも異常がない」という発言になる。
このようなケースをあげたらきりがない。内科医は患者の話を聞くのが診断学のイロハである。立ち止まって考えなくなった内科医が多くて困る。
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