ゴルフというスポーツ
バブリー時代の高騰した会員権相場やあの派手なクラブハウスに代表されるように、ゴルフは金持ちの遊びと思われがちである。だが今やゴルフ場はアメリカ投資会社による買収が進み、一時期の見る面影もない。
アメリカで最初にプレーしたのがあの西海岸の名門であるペブルビーチゴルフクラブであった。電話でプレーを申し込んだらアメリカ人の三人のところに組み入れられた。当日朝レンタカーで行き、クラブハウスへ。日本のようなフロントなんてない。プロショップでスタートを確認する。そこでロッカーを借りたいと言うと怪訝な顔をされた。回りを見るとみんな自分の車から着替えて出てくる。そのままスタートできる格好である。プライベートコースであっても基本的にはどこも同じである。レストラン然り。18ホールスルーが原則であるから、お昼は簡単なファーストフードですますか、プレー中に食べ物を売りに来る可愛いお姉ちゃんから買う。実に合理的である。プレーを楽しむことを何事よりも優先させる仕組みが作られている。日本のように9ホールを終えたら食事、そこでアルコールを飲んでいる姿はまず見られない。この時、プロショップのソニーというあだ名の韓国人に勧められて買ったピンパターは16年経った今も僕の愛用のパターである。

98年にオーガスタゴルフクラブでプレーしたことは一生忘れられない。マスターズトーナメントの決勝ラウンドを見た後の月曜日、まだ朝露にぬれたフェアウェイを回ったことは今でも鮮やかに思い出すことができる。インスタートで10番の打ち下ろしのティーショットはその日のベストショットであった。アーメンコーナー12番ショートでこの日唯一のパーをとれた。一番の驚きはテレビで見る以上にコースに起伏があることである。特にあがりの18番はかなりの打ち上げであることに驚いた。毎年、テレビ観戦しながら苦い初できっと最後の挑戦を思い出している。

僕が所属する霞ヶ関カンツリークラブというところは何とも言えない雰囲気を持っている。ゴルフだけでなくゴルフを通して人と接し、語り、倶楽部ライフを楽しむのだ。日が落ちる頃、コースを目線の高さで見ながら食堂で語り合う人たちが多いこと、こんな倶楽部は他にない。この倶楽部に所属できたことを心から喜んでいる。一年前、友人達との忘年会で7から11まで落ちたハンディキャップを戻すと宣言した。猛練習の成果か高松宮殿下記念杯の優勝したこともあって、公約どおり7に戻した上に生涯最高の6までになった。いわゆる片手シングルが目前のところまできた。来年の目標がまたできた。
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