Tさんの死
10年ほど前だったろうか、ボクより一歳年下の彼は青白い顔をしてボクの前に現れた。
友人とベンチャー企業を設立、会社のために獅子奮迅に働いていたその最中、急性心筋梗塞に倒れた。某国立病院に運び込まれ緊急検査、緊急血行再建術するも失敗。左室は拡大(ボクがこれまで経験したことのないほどの拡大である)し、心不全に悩まされることになる。その段階で榊原記念病院に来た。新宿駅の階段を昇るのがやっとという状態であった。
最初に彼にあった時の印象、それは「何と覇気のない男だろう」であった。それもそのはずである。妻子に見捨てられ年老いた母親と二人暮らしをしていた。生きる気力を失っていた。厭世的、アンニュイ、投げやり、そんな形容詞がぴったりの男であった。
彼になんとか立ち直ってもらいたい、そのきっかけはある薬の治験であった。一年も続くその治験に参加を頼んだ時は、「あぁいいよ。先生の実験台になるよ」
その薬の反応は思った以上に良く、彼の顔には時々笑顔すら見られるようになった。
ある時、外来でいつも以上に元気がない彼に会う。
涙ながらに「先生、もういい。本当にもうどうでもいい」
「どうしたの?」
「こんなことってあるのかなぁ」
「・・・」
「長男が死んじまった、バイク事故で・・・」

別れた妻に引き取られた長男が友達のバイクの後ろに乗っていて交通事故にあったのである。17歳のあまりにも若く哀しい死であった。
それを期にまた彼の暗い顔がさらに暗く沈んでしまった。

そして今年の4月。何と言うことか、50歳の誕生日を迎えたその日、彼は突然死してしまった。誕生日を母親と祝った後、眠るように死んでしまった。

明るさを取り戻しつつあったのに・・・
決して心臓手術をOKしなかった彼が、あれほど嫌っていたパソコンをまた始めようとしていたらしい。ひょっとすると手術を受けようと情報集めをしていたのかも知れない。
年老いた母は病院の救急外来に横たわる彼にすがりながら泣き崩れていた。
今頃は天国で長男と酒を酌み交わしているであろう。
Column List >>