休めない心臓 (1)
慢性心不全の治療にβ-遮断薬を用いることが一般的になってきた。β-遮断薬というのは高血圧や、狭心症、頻脈に用いるもので、通常は心不全患者には禁忌である。
慢性心不全は左室のポンプ機能が低下しているためにおきる。したがって患者は常に交感神経緊張状態にあり、一生懸命に心臓は働かなければならない。通常、夜間は副交感神経優位となり、脈拍は低下する。ところが交感神経緊張状態は夜間も続くために、脈拍がなかなか低下しないことになる。つまり休めないのである。
β-遮断薬は交感神経のβ-受容体をブロックすることで、「働け働け」という命令から心臓を守る。これが慢性心不全患者にβ-遮断薬をもちいる理由である。
ただしこの治療を行うには慎重でなければならない。なぜならβ-遮断薬は左室のポンプ機能を低下させるからである。極少量から使い始め、心不全を惹起しないことを確かめながら増量していく。昔はジギタリスを匙加減できることが「名医の条件」とされたが、今やそれは死語で、むしろβ-遮断薬の匙加減できることが循環器専門医に求められている。

何年前だっただろうか、日本でも心不全に対するβ-遮断薬の有効性と適量を決めるための治験が行われた。
洋服の仕立屋さんであるAさんは、拡張型心筋症で非常に重症な心不全患者であった。彼に治験参加をお願いしたら快く引き受けてくださった。その場面をNHKの朝7時のニュースで取り上げてくれたのである。その治験は彼にとって一大転機になった。非常に有効であったのである。それまでは軽労作でも息切れがしたために、日常生活もままならなかった。しかし治験薬に対する反応は劇的に効いた。大量の利尿剤を必要としたのにほとんど飲まなくても良くなったのである。
長野県在住のN君は18歳の時、父親に連れられてボクの外来にきた。移植のために数千万円を募金で用意していた。彼の皮膚は利尿剤の大量使用もあってか「カサカサ」になっていた。彼もまたβ-遮断薬で劇的に良くなった。今も数ヶ月ごとに上京して来る。
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