複式学級
小学校は一学年が10人にも満たないとても小さい田舎の学校であった。明治の終わり頃に母方の曾祖父が中心になって小学校を作った。校歌は戦後に父が作詞、当時の音楽担当の先生が作曲してできたという。一学年の人数が少ないため、一人の担任ではあまりにも効率が悪い。そこで1,2年で一クラス、3,4年で一クラス、5,6年を一クラスとして授業をするいわゆる複式学級になった。授業は半々とはいえ実際は隣どうしであるから、同じ授業を二年間できるようなものだ。ある意味では予習であり、復習でもあった。三歳違いの弟の担任が急病で休暇を取ったとき、代用教員であったお袋が担任になったことがあった。そして彼がその小学校最後の卒業生であった。その後、六つの小さな小学校が統合され一つになったのである。それはそれは古き良き時代であった。

小さい頃から読書好きであったボクは、小学校5年の時に学研だったか小学館だったか、読書感想文コンクールで全国一位になったことがあった。「シュバイツァーの伝記を読んで」というタイトルだった。当時の副賞はオリンパスのカメラであった。カメラ好きの親父がとても喜んでくれたことを覚えている。
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