梨元勝さんという人
患者のプライバシー保護の観点からすると患者さんのことをこのように書くことは許されない。しかし彼は自分のことを「どうぞ書いてください」と言っているし、自らの闘病記を週刊朝日に書いてもいるので、実名で書いても問題ないだろう。

彼との出会いは以前勤務していた榊原記念病院の救急外来であったのが最初である。ダイアナ妃の突然の事故死で世の中が騒然としていた年の初めのことである。友人の医者から電話があった。
「梨元さんがどうやら心不全みたいなんだけど診てくれる?」
「えぇ、いいですよ」
この時はあのTVレポーターの梨元さんとは思ってなかった。「梨本さん」という患者さんがいたのでそっちだとばかり思っていた。
ところが救急外来に来た「ナシモト」さんを見てびっくり、あの有名人の梨元さんではないか!
息も絶え絶え、足は象の脚のようにひどくむくんでいる。ただちに集中治療室に収容した。明らかに心不全である。超音波検査では全くといってよく心臓は動いていない。
「よくこれで生きていましたねぇ」
「しばらく入院して頂きますよ」
彼は前述した週刊朝日の文章で「一度は死んだ」と書いているが、死なせてはいない。「死んだ」ように辛い思いをしただけである。
彼の心臓はポンプ機能が極端に落ちていた。強行スケジュールのため休むことなく負担をかけたためである。もともと心房細動という不整脈があったうえに、極度の肥満と糖尿病、高血圧が輪をかけて心不全を増悪させた。彼は「拡張型心筋症」と書いているが、実は「もどき」なのであって、特発性拡張型心筋症ではない。あくまでも生活習慣病のなれの果てなのである。逆に言えばまだ回復する見込みがあると言うことであり、考えようによってはラッキーということになる。
あれから4年は経過しただろうか。途中で怪しい肺炎になって一時期は危ないこともあったが(本人はそう思ってないからシアワセである)、β-遮断薬を導入してからはなんとか持っている。もっと仕事量を減らすように警告しているのだが、大阪、東京、函館を往復するスケジュールは変わってない。

先日、彼の還暦祝いのパーティがあった。いわゆる芸能人と言われる人たちの中、主治医と言うことで挨拶させられた。これでもし梨元さんが死んでしまったりしたら、「あの医者はヤブだ」と言われかねないので言っておくが、彼の心臓は自己管理の悪さでなったのであって主治医の管理が悪いせいではない。
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