親父とジャガイモ
84歳になる親父は大病一つせず未だに車を運転している。77歳のお袋に言わせれば相当なスピード狂のようだ。若い頃はバイクに乗って今で言うツーリングをしていた(自慢そうにバイクにまたがった写真を見た記憶がある)。僕が子供の頃は車を乗り回していたから免許歴は50年を越えるだろう。
頑丈な体躯を持った親父が唯一嫌いなものはジャガイモである。そうあのジャガイモ。お袋が作るカレーにはジャガイモが入った子供専用とジャガイモ抜きの親父用があった。
その理由は戦争にある。招集された親父は韓国の釜山を経て南方に行った。釜山ではジャガイモだけを食わされる毎日だったそうだ。そのためにジャガイモがダイッ嫌いと言う。南方では相当苦労したらしい。長岡出身の軍人、山本五十六はブーゲンビル島の上空でアメリカ軍に撃墜されたが、そのブーゲンビル島に行かされたのである。子供の頃はブーゲンビルでの苦労話をたくさん聞かされた。
横浜みなとみらい21にある氷川丸。栄養失調で命からがら生き延びた親父は、氷川丸に乗ってオーストラリア経由で帰国した。帰国してまもなくマラリアに罹り死線を彷徨う。頑丈な体があったからこそブーゲンビルで生き延び、そしてマラリアも克服したのだ。

親父が死ぬ前に一度はブーゲンビルに連れて行きたいと思って計画したことがある。残念ながら内戦状態にあるその国は渡航が難しい。まだまだ元気ではあるが時間がないことが悔しい。
親父から聞いた戦争体験、なんとか語り継いでいかなければならない。
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