弁移植と脳死
心臓弁膜症は減ったとはいえまだまだ多い。開業して一年半、この間に弁の手術をしてもらった患者さんは10人を越えた。
そして手術を待期している患者さんもたくさんいる。よその病院で手術を勧められたが納得できず、時期尚早ということで経過を診ている若者がたくさんいる。彼ら彼女らは症状がないのに検査で重症だからと言うことで手術を勧められた。
いったい内科医が症状のない「患者」さんにメスを入れるということを許可する時はどんな時だろう。たとえば早期癌を考えてみよう。癌なら症状がなくてもほとんどの方は手術ないしそれに匹敵する治療を受けるであろう。それは「癌は死ぬ」という将来の流れ(=自然歴)が誰にでもわかるからである。これが唯一無症状の人に手術を行う根拠である。
同じ事が心臓病にもあてはまる。心臓も命に直結する臓器であるから自然歴がとても重要である。だからできるだけ早めに手術をするということになる。ではどこまでも早めて良いか?
弁膜症手術は自分の弁を温存する手術法がここ10年の流れである。特に僧帽弁逆流にたいしては著しい進歩である。しかしリウマチ性弁膜症や大動脈弁はまだまだ人工弁に頼らなければならない。人工弁は以前に比べて信頼度は著しく向上したとはいえ、所詮は異物である。それが故にいくつかの問題点があり、「人工弁手術は病気の置き換えに過ぎない」と言われる所以である。もちろんそれに頼らなければならない事態の時は「病気の置き換え」であってもせざるを得ないのは間違いない。

では人工弁に変わるものはないのだろうか?
それは「人の弁=ホモグラフト」しかない。亡くなられた方の心臓から大動脈弁と肺動脈弁を摘出加工し冷凍保存する。そして患者さんにはこのホモグラフトを移植することになる。ボクのところで待機している若者たちにはこの方法で「弁移植」をしてあげたい。
この「弁移植」は脳死と無関係である。心臓死でも充分問題なく役に立てるのだから、もっと啓蒙していく必要がある。
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