夜の研修医室
プロパーさん・・・今は死語になってしまったが、ついこの前までは医薬情報担当者MRさんをプロパーさんと呼んでいた。
最初の内科前期研修を学んだとき、臨床の手ほどきは諸先輩から手取り足取り学んだ。アナムネ=病歴のとりかたから始まって、診察の仕方、治療方針のたてかた、実際の治療、カルテの書き方などなど。しかし内科医にとって基本中の基本である薬については本で学ぶしかなかった。
 
医局にはいつもスーツをきた男達が立ち並び、時にはソファーに座ったりして、先輩医師たちと話していた。この人たちがプロパーである。
薬の宣伝は勿論であるが、文献検索の手伝いやスライド作りなどまでなんでも請け負ってくれた。顔が広いプロパーさんは医局麻雀の相手までさせられていたし、休日は接待ゴルフが当たり前であった(今じゃ考えられない旧き良き時代の話しである)。
 
当時最もお世話になったのはF社の高木さんであった。他のプロパーさんとは違う雰囲気の持ち主であった。彼は自社の抗生剤を宣伝するよりも一年生に抗生剤の使い方や副作用などを一生懸命教えてくれた。ボクが東京で勤務し10年経った頃、彼は関東支店の支店長としてボクの前に現れた。20年前の当時と全く変わらないダンディさであった。
彼に比べるとT社の本田さんは全く対称的で典型的プロパーさんであった。彼はいつも夜になると医局に現れる。怪しい8ミリフィルムを携えてである。ほとんど薬の説明はしない。医局の壁に怪しいフィルムを投影しみんなで観た。もう四半世紀も前のことだから時効であろう。彼は今も変わらずプロパーしたいようだが、MRの教育係をしているから恐れ入る。そして数ヶ月に一度、アスピリンとスタチンをもらいにボクのクリニックに来ては昔話に興じて帰る。
その当時お世話になった萬羽さんや、田井野さん、竹村さんなどとは今でも年賀状のやりとりをしている。今のMRさん達とはそんな関係はとても考えられない。ある意味で世知辛い世になってしまった。
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