ニューオリンズの悲しみ
10数年前、ダラスで開催された心臓病の学会に榊原記念病院のスタッフ二人と研修医夫妻を連れて参加したことがある。
ダラスという街は全く面白みのない街である。半分観光気分だった我々はニューオリンズに行くことにした。
 
ニューオリンズは別名「Big Easy」と呼ばれる。「take it easy」の「easy」だそうだ。街が陽気なのである。バーボンストリートを歩くとアルトサックスが奏でるデキシーランドジャズがあちこちのライブハウスから聞こえてくる。フレンチクオーターのカフェではカフェオレとベニエ、レストランではケイジャン、クレオール、ウオーターフロントではオイスター、などなどあげたらきりがないほどアメリカでは珍しい食文化を持った街である。
元々海抜0mのニューオリンズは前をミシシッピ川、後ろをポンチャートレイン湖に囲まれている。そんな街がハリケーンカトリーナに襲われた。僕らが泊まったミシシッピ河口リバーサイドのホテルはほとんどのガラス窓が割れ落ち、遊びに行ったスーパードームの屋根が剥がれ落ち、ポンチャートレイン湖に架かるコーズウェイブリッジが崩れ落ちた映像を眼にし、ただただ自然の驚異に驚くばかりであった。
 
それにしても避難所を映すテレビには黒人ばかり。ニューオリンズには白人はいなかったのだ。豊かな国、アメリカの虚構を見た気がする。
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