義父の死に接して
ボクにとって初めて人の死というものを意識したのは何歳の時だったろうか。小学生だったような記憶がある。
母の祖母、つまりボクから見て曾祖母が亡くなった時が初めてだった。
子供の頃、悪ガキだったボクはいつも曾祖母を困らせていたようだ。その曾祖母の葬式の哀しみは今でもよく覚えている。棺桶に入った曾祖母の死に顔が子供心にも美しいと思えた。
 
仕事柄、人の死というものずっと向かい合ってきた。
この27年間にいったい何人の患者さんの死を看取っただろう。
医者になって初めての患者さんの死は白血病の方だった。急性前骨髄芽球性白血病という種類で、当時は(もちろん今でも)発病後あっという間に死を迎える恐ろしい白血病である。その患者さんは50歳そこそこで、今のボクと似た年頃であった。
もっとも印象に残る患者さんは、ボクが文藝春秋に発表した手記に書いたKさんだ。あとにも先にも患者さんの亡骸のわきで人目を憚らず涙したのはこの時しかない。
 
20年前、新潟にいた時に、急性心筋梗塞と診断し治療した義父が、仕事中に突然死した。家族の誰にも看取られることなく亡くなってしまった。確かに長い闘病生活を送ったあげくの死ではなかったが、ゆっくりと最後を一緒に過ごすこともなくあっという間にこの世を去るのは、家族にとっては辛い。
今回、三人の息子達は初めて人の死に接した。彼らが「人の死」というものをどのように感じただろうか。
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