アメリカ人の尼さん
彼女は日本で仏教を学んで30年以上になる。「佐味円戸 慈芳」という奇妙な(少なくとも佐味円戸はサージェントのあて字)和名をもつ彼女は74歳である。
髪は剃髪しいつも作務衣(サムエ)を着ているので、待合室では日本人に混じって奇妙な雰囲気を醸し出している。
ボクの手元に彼女が英語で書きアメリカで出版した「Asking about Zen問答:108 ANSERS」という本がある。日本人のわれわれでさえ非日常的世界である禅の世界について彼女が学んだことが書かれている。
 
今年三月のある夜、帰宅前のクリニックに彼女から電話が入った。か細い声で(もちろん英語)「熱が出て苦しい」というのである。彼女は巣鴨の染井霊園そばのお寺脇のアパートに一人暮らししている。ボクは薬を持って、地図を片手に車で訪ねた。
その事件から急速に彼女は弱々しくなっていった。足元はふらつき、杖歩行を余儀なくされていた。バリアフリーではない日本の街では一人暮らしはつらいとも言い始めていた。
そしてそれから数ヶ月もしないうちに、彼女は娘さんの住むオレゴン州に帰る決意をしたのである。
 
今から15年ほど前に急性心筋梗塞で入院してきて以来、彼女は僕の英語の先生でもあった。長年日本に暮らしていながらも彼女は片言の日本語しか話せない。診察室に入ってきてはいつもボクの拙い英会話に笑顔でつきあってくれた。
その先生も今はアメリカに帰ってしまった。ボクの英会話はますます下手になっていくに違いない。
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