新薬
わが国には製薬会社が多いことは以前のコラムでも書いた。
恐らくファイザーやグラクソ、ノバルティスなど世界の大企業に対することができる日本企業は、かろうじて武田製薬一社であろう。このままでは製薬業界のみならず日本市場が世界資本に席巻される日はそう遠くないと思う。
確かに護送船団方式が解かれ数々の規制が緩和されても、日本語環境とか独特の流通システムがある限りはそこそこ安泰のような気もする。
しかしかつての日本企業がそうであったように、今や中国企業の驚異は並大抵ではない。
市場規模からして中国の近代化はビジネスチャンスであると同時に脅威である。特許切れ以前の無許可製造はまだしも、偽薬が相当な市場を形成していることは知られた事実である。
一方、製薬企業は特許切れによる薬価のダウンやジェネリック製品の登場によるシェアの低下が当然であるから、どんどん新薬を開発していかなければならない。この開発にいかに費用をかけるかがその企業の体力になる。もっともファイザーに代表されるように、売れそうな薬を開発したベンチャー企業をどんどん買収して成長するという方法もあるだろうが、当然それには限界がある。
 
その新薬市場においてなぜかわが国独特の規制が課せられていることをご存知だろうか。それは実にばかばかしい規制である。市場に上梓して一年以内は二週間以上の長期投与はできないという規制である。ついこの前までは三年間の制約があったが、それが一年に縮められた。この一年という根拠がどこにあるかは全く示されていない。おそらく厚生労働省の官僚が新薬の持つリスク=副作用が大規模に発生することを恐れたに違いない。それは許認可側の責任が問われた場合のことを念頭においているからであろう。
そもそも根拠に基づく医療=EBMを推進する厚労省が、その根拠を示さないまま自らの責任逃れのために作った規制なのだとしか思えない。
 
このようなわが国独特のばかばかしい規制に外資系企業が文句を言わないことが不思議である。ジェネリック医薬品の普及を図るならまずすべきことがあるのと同様に、このような無意味な規制を止めることも必要であろう。
そもそも良い意味での個人主義が育っていないわが国の「お上頼り体質」そのものとも言える。
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