水無月と紫陽花と謙信公
6月生まれのボクだが、蒸し暑い日本のこの時期が好きになれない。若い時はそれほど気にはならなかったが、上京し20年目になって、54歳を迎えてますます東京が嫌いになりそうだ。
6月は陰暦で「水無月」とよばれる。「水の無い月」という意味ではなく、「な」は「の」にあたる助詞らしく、すなわち「水の月」ということらしい。つまり田に水を引く月であるから「水の月」というわけだ。
いずれにしても6月と雨は切っても切れない関係である。
 
この時期になると街のあちこちで見かける花に「紫陽花あじさい」がある。青や紫など、雨にうたれる度に色鮮やかになっていく。湿った梅雨もこの花が咲くからこそ許されるような気がする。
もともと漢字で「紫陽花」と書いたのは唐の詩人白居易とのこと。ただ彼は今のライラックに命名したようだが、日本の誰かが勘違いしたらしい。
いずれにしても紫陽花というと、シーボルトを思い出す。ドイツ人の医師である彼はオランダ人と偽って日本に入国しスパイ活動をする。さらにお滝という愛人との間にお稲という女の子をもうけた(彼女は日本最初の西洋医学を学んだ女医で産科医)。このあたりは吉村昭の「ふぉん・しいほるとの娘」に詳しく書かれている。
シーボルトは紫陽花に惹かれ、その植物図と解説を発表している。そしてお滝の名前をとって「Hydrangea otakusaオタクサ」と命名したほどである。
 
あじさいはいろんなところで名所になっているが、栽培しやすく、群生しやすいことや手入れが難しくないためらしい。
一方で湿気の強いこの時期は食中毒などがはやりやすく、昔は多くの病人や死者が出た季節でもある。そのため「死人に手向ける花」とも呼ばれ、過去に流行病などがあった地区のお寺に植えられることが多いと言われているそうだ。
 
以前、訪れたことのある鎌倉の明月院は関東では一番有名なあじさい寺である。その明月院は関東管領山之内上杉家と深い関係にある。この上杉家は戦国時代にわが郷土の武将「長尾影虎」が引き継ぎ、上杉謙信と名乗ることになる。NHKの大河ドラマではいよいよその謙信公が登場する。
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